メルマガ20250925号
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よりハッピーになる微笑み空間をつくりましょう♪20250925号♪
☆ エビデンス・ベースド~実証主義 ☆
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ご無沙汰しております。<(_
_)>
光陰矢の如し、デジタルツインが、リアルに近づいて、
浦島太郎のように感じてしまうこの頃です。
今回は、恩師クリストファー・アレグザンダーが、重視していた、
エビデンス・ベースド、実証主義について、
どのように、具体的な建築、建設プロセスにおいて、
試みて実現してきたか、
そうして、時を超える質、命を生成してきたか、お話ししたいと思います。
実験が欠かせない。性能、データを確かめる調査後に、
いくつかに絞った候補を、
その場所、空間において、変化する陽光や影、周囲との関係、つながりも、
体感して確かめて、なるべく大き目のサンプルを比較して決めていく。
オーナー、ユーザーや関係者と体験を共有できるように、
その再現が出来るように記録する。
イメージに囚われない、
リアリティに迫る科学的に近いプロセスだが、
個々の表面的な好みを越えて、
より根源的な感覚に達して、それに基づいて展開を進めていけるようにと、
元々、その為の、証明を得ていく過程です。
リアリティを大切にして、大きさや、色やディテールを確かめる段階は、
地区の中での1/200、近隣の中での1/100の模型、
敷地の中の1/50、各空間、部屋の様子がわかる1/20の模型、
それらをスケッチ、図面から作成し調整し、記録して、図面化し、
施工前に確かめるために原寸模型へと続いていく。
一つの絵を、遠くから見て、段々と近づいて、
じっくりと見て、また少しずつ離れて確かめるように。
こうして確かめた結果を共有して、認識として刻んでいくと、
実際に出来上がった、建てられた時には、
既視感、既に馴染んでいる空間、建物のように感じられる。
それでも、パターン・ランゲージ、プログラム、
わかりやすい言葉で描かれた、
相互的な多角的な関係系統を築きながら、
個々の部分から全体像を具現化されて、
こうしたプロセスから生成されたものから、
空間、手を動かして、エゴ無く、心を込められ実際に作られた詳細からも、
それ自体からの存在感、命が生まれて育っていくと、
求めた側からの関係性が内向、外向と始まります。
予算枠を睨みつつ実験で確かめた格子窓の窓枠から、見た景色、季節の移り変わりに、
驚き、命を感じて、心に作用します。
世界にこの建物が存在していると。祝福、歓迎されているように。
Sketchs for Gret Hall of Eishin School by Christopher Alexander ↑
from"THE NATURE OF ORDER book two ~p.379"
from"THE NATURE OF ORDER book two ~p.239"
from p.635 on"THE NATURE OF ORDER book three"
クリスが、1991年頃に笑いながら話してくれたのは、 1970年代後半、バークレーの教室で、生徒達に、耐火ボードの性能を確かめるのに、 窓の開閉は、聞かなかったが、ランプを下に置いてみたら、 煙が酷くて火災報知が鳴り響き、騒がせてしまったと。 そのくらい、実験、体験の共有を大切に、装備された実験室ではなく教室で、 机上の理論重視の学院生に伝えておきたかったと、呆れつつも感じ入りました。
工事中にも、出来ていくプロセスの中で、特に、生きている質が生まれるか、 敷地全体、配置、高さ、ボリューム感、エントランスからの巡り、 細部から全体へと、原寸模型や、出来るだけ大きなサンプルを用いての実験は、続きます。 しばらく眺めて、長い時は1、2週間、時間を置いて、その感覚を確かめ共有して、 記録して、より共有できるようにとです。
1984年11月から、1988年まで車で往復1時間前後、通勤した、 ゼネコンの建設現場事務所とは異なる、 現場から、徒歩5分の現地設計事務所では、 そうしたスケッチからのダンボールなどや、ポスターカラーを用いた 模型制作、実験の準備や、図面作成、図面記録は、 バークレー本部とは、マッキントッシュ、PCが普及前でファックスでのやり取りでも、 伝統的な進め方もわかる施工者側の理解も得られて、 時間的にも意識して問題なく、進められました。 1985年3月の第一期工事後、チーフがマッキントッシュから、バークレーに、 インターネットで、メールでやり取りした際は、時代が変わったと万歳しましたが、 スケッチ図面の容量から、ファックスとの併用でした。
1990年代前半に、MS-DOSでAoutCADや、 3次元で考えられるようになった構造ソフトSAP90と、 立ち上げる手間で黒画面に黄緑の半角が乱視には、見え難くつまづきがちで、 出力にも、数時間、一晩置いてと、時間がかかるものでした。 それでも、帰国からしばらくして、阪神大震災後、1995年4月に事務所を設立して、 2件目のプロジェクト、戸建て住宅の耐震改修工事計画の為に、 計算機を用いての偏心率計算まで、時間がかかり、大変、面倒に感じても、施主に証明として、説明出来ました。 施主の夫は、国際的コンサルタントでしたが、建築専門の学友に、それを見せると、 「正確だよ。木造だからな。僕は、木造じゃないから、今は電算しかやらないからな。 へーっ、それにしても大変だったと思うよ」と笑いながら言われたと、 施主が、ご苦労様と伝えてくれました。 そうして、沼津から東京まで、高速を往復する経費を払い、 鉄骨ブレースを扱う耐震改修工事が出来る元請け施工者と、実現できました。
その後は、Excelに助けてもらい、2009年親族の木造住宅の耐震補強工事を、 家族の合意形成は得られずに、工事に入れぬ部屋がありましたが、 次の断熱改修工事で、補強を全うしようと。 それから、2010年から、木造軸組住宅用構造解析ソフト、安心精密耐震診断を用いて、 手早い試行錯誤が出来て有り難く、耐震改修工事計画、 工事中にも、確かめるのに、それほど時間を要さなくなったのでした。 毎年度、認定ソフトの更新は欠かせないが、 また、認定次第で、その利用ソフトの変更もあるが、 一方で、インターネット時代のお陰で、小規模設計事務所が、 バークレー本部のクリスに報告しながら、進めることが出来もしたのでした。
上記の2件目のプロジェクト、耐震改修工事計画と並行して、 都市計画マスタープランや、まちづくり条例に、NPO機関、区民参加していると、 随時、定期報告をバークレー本部のクリスに報告していると、 偶に「コードつくりは、いいな」と。 バークレー時代で、日本のプロジェクトを担当していた頃には、 ぼんやりしていると見られたのか、 「彼女は、プロジェクトを君から奪おうとしているぞ」とか、 別件で、施主が、アーティストであると、委託契約時に、 「著作権に気をつけるように」と、 繰り返し強く心配され、指導、助言されて、見守られて、引き締まるのでした。
話は逸れましたが、現地事務所が建設地から徒歩圏内なら問題ないのですが、
車で往復4.5時間かかるのては、全く状況は、変わりました。
上記の2件目の耐震改修工事の設計と設計監理後は、結婚3年目で実家も念願でしたので、
妊婦服で一日一万歩を、自然出産指導を受けてました。
ゼネコン入社後の配属先で、医療福祉施設の事業計画から、
建築企画、基本計画をするために、情報収集、調査出来るように地域医療圏や施設建築を学ぶ際、
当時、新聞に載らない日は無かった、富士見産婦人科病院や、徳洲会など、病院恐怖症になり、
必要最小限の、国保の定期妊婦検診だけでした。
反対に、医師の処方は頭に入れない、それでも病院に通院し続ける実母からは、変わり者と言われても、
体力を維持して無事に出産できました。
その後、子供が、10が月になった1999年8月に、
クリスから電話で東野会館、高校同窓会のホールを、日本で担当してほしい、やらないか」と言われました。
詳細状況は、本部担当者のランディから話すと言われて、
すぐに謝意と前向きに、
子供が1歳になり、子育て支援、保育士さんに預けられるようになればと、応えたのでした。
1999年10月から、プロジェクトに入り、
当時まだ理事の一人N氏と、N大学同窓の先輩に、紹介されたやはりN大卒の元請け施工者が、
建築確認済証まで得ているが、見積もりが、
予算からかなり離れて、難航してるとの状況を、ランディから伝えられました。
元請け施工者とやはりN大学同窓との構造担当者と、
本工事時の調査データもある地盤と、予算を喰っている基礎工事費との関係性を洗い、
支持地盤まで栗石コンクリートを施工することとして、予算に近づけることが出来きて、
元請け施工者を、予算規模に見合わせ、
経費は別に各工事費をパーセンテージにして、
コンストラクター・マネージメント方式のCM、コンストラクト・マネージャーとなることに、
実現の為に承諾してもらって、基本的に各工事は、本部のランディが作成した
エクセル表で工程に沿って専門施工業者をCMが仲介し、
本部のランディも確認して、学園の直営工事契約となったのでした。
from p556 on"THE NATURE OF ORDER book three"
↓
(参照ページへGo~☆彡)
インターネット時代であったが、建物配置を、
池との距離感、周囲の建物のボリューム感、
エントランスからの眺め、第一の門から入って、どのように見えて来るかと、
原寸模型を脚立を用いて、CMにも手伝ってもらい、
正面のボリュームや高さを得て、縄とコーンや木杭で配置を調整しながら、
配置図を睨みながら、撮影して記録し本部へ報告したのでした。
クリスのチェックを得ようと本部のランディに連絡すると、
「ニュースを見たか?クリスと連絡が取れない」と、声を詰まらせて、涙声になっていました。
往復4.5時間かかるところで、実験してたので、まだニュースは、見ていなかったのです。
同時多発テロが起きた2000年9月11日ニューヨークの映像でした。
施主も、CMからも状況を理解されましたが、
一週間近くして、英国空港で足止めされてたクリスと連絡が取れて、
「Miyokoが良いと思うように進めるように」とランディからクリスの言葉を伝えられました。
1ヶ月米国後に入国だきたとのことでしたが、
やはり、実証主義で、全て、実験は、進めて、ランディと連絡を取り、
撮影やスケッチとともに、そのプロセスが残り、報告説明出来ることが、重要と意思疎通を重視しました。
その為、まだ圧縮ソフト自体が普及しておらず、
画像容量から、バークレー本部に半日、業務を延ばしてしまう失態から迷惑もかけてしまいましたが。
こちらも、原寸模型を普通車に入れて運び、現地で組み立てるのに、苦労して、
その撮影は、チェックの価値があると信じて、また、クリスもそれを認めてくれていました。
特に、棟と登り梁のカーブの原寸模型が大変でした。
その甲斐あって、特に登り梁の上壁内部と、
エントランスポーチからの、太鼓橋方向の、桜並木が続くカーブを描く池と大講堂と、
エントランス脇の窓から眺めた池の向こうの音楽堂を写した写真には、
「美しい。その美しさを強く感じて、撮影したな、だろ」とクリスの言葉でした。
一方で、すっきりしないところは残ったことを覚えています。
実際の空間に現しとなる、伝統的木造に見えても枠組み工法の、2階床をささえる根太は、
本部では、基本設計後に建築確認前?に、CMが作成したが立派な1/20木製模型からも、
木部現しの根太になると認識してましたので、
それ程高くはなくギリギリの天井高で、重くるしくないか、暗くしないか、そのサイズ、材質感、木の色味は大変重要でした。
カメラも、携帯の充電はすぐに消耗してしまい、冬季の夕方で、当時、 店舗もコンビニもない地で、
施工は、工費に影響もする段階で、同時多発テロの後、すでに遅れ気味で延ばしている為、時間的余裕も無く、
撮影してチェックをその日にする為に、重たい普通の数倍サイズの根太現物を、
普通車に斜めに入れて、早朝に、撮影して、メール添付して、本部のランディへ送って、クリスのチェックを受けました。
「材は良い」と。しかし、実際の現場でその高さに置いて見ることは出来なかったのでした。
脚立で高さを合わせて、その屋内で確かめて、撮影してランディにメール添付で送り、確かめるはずでしたが、
「耐火性のためボード張りで、結果は、現しではなく、見えない」と言われて、
その時は、契約や予算、工期を気にしていたCMの協力も無く。
C.A.や、予算と期日を気にしている学園に認められたいが、
その態度から、ごり押しで胡麻化されているような圧力を感じ本部へ報告すると、
ランディは、「やはりそうCMが言ってたか」と。
CMが思いを込めて立派に作成された木製模型を見て、現しの印象が残り、
予算配分を木部現し材として、CMからの見積もり額に本部担当者も納得したが・・・。
御堂の格天井のような、竿縁のような、木部現しとはならないと、念を押しました。
↓p557 on"THE NATURE OF ORDER book three"
本部からのGoサインを伝えようとしても、 その有無を言わせないCMの圧力の延長か、 翌日、現場の高校事務局担当者K氏から伝えられたことには、 CMから、「根太が1本足らない」と、言われたとのこと。 K氏は当時の理事にも話し、「撮影と本部への報告の為でしょ」と応答されたとのこと。 「すぐに返して現場に影響しないからいいけど、CMに連絡するべきでしょ」と。 携帯でも連絡出来ず、帰宅途中の渋滞中の最寄りのコンビニ公衆電話からも、 連絡が取れなかったと返しました。言い訳となりましたが。 その後、CMに心配かけた事を詫びて、そのチェックの重要性を説明しました。 「もう変えようがない状況だ」と苦笑されてても、プロセスの意味は理解され、 また、曖昧にされていた木部現しにはならないことを本部に明確にしたが、 材価格、金物の質など、チグハグであり、最後のモルタル外壁保護塗装分が不足と、 最後の最後にCMはこぼしたが、どうして???でしたが、 上記の私的状況から基本設計には関係しなかったのですが、 すっきりしないところでした。
その頃、池沿いを歩いて見える西面の柱が均等に、 正面と背面の格の差がなく全て同じ、柱頭付きになっていて、 立面図と異なると指摘しました。 CMも驚いて、数日後には、正されて、撮影して本部に報告出来ました。 CMから直接に、事務局担当に話しコスト調整するとのことでしたが、 事務担当に確かめると、剣もほろろで、 「もう済んだ、わかっている」と。詳細は、どうなっているのか不明でしたが、 完了検査後に、あの余ることになった柱頭付き柱2本は、 馴染みのスナック?カフェ?ヘアサロンのエントランスポーチ用にと所望されて、 そのオーナーに、役所の検査後に見学に来られたところで、 遠くから、CMに促されたのか会釈されたのでした。 それで、カバー出来たのか、モルタル外壁保護塗装分が減らされたのか、 CMが完了検査済証を当時の理事長には、既に移動されて直に提出は出来ず、 副本を、20年近くCMの手元に保管していたのには、驚きましたが、 本部で担当していた、家業を継ぐからと去った大学院生とは異なり、 実際、実現が困難になってCMとなり、結果チグハグな処も残りましたが、 元請施行者として日本で当初から携わってきた強い「思い」はあるなと。
一方で竣工後、数ヶ月して、事務担当のK氏から、 事業取引税を、学園側のは、払ったから、CES分を支払うようにと。 ランディからは、支払う必要がないといわれたが、 追徴課税されると、K氏に怒鳴られるように言われて、 どうして私が支払わなければならないの?と。 なんとか、自転車操業でも、次の設計報酬で回しすぐに支払いましたが、 今後は気をつけて、学園には関わらないと、心に誓ったのでした。 2011年の東日本大震災後、3月後半には、学園内建物が気になり、 全て気になる所は撮影して、 データとして焼いて本部にFederalExpressで送ったのですが。
CMにしてみたら、1/20木製模型を作り、メダリオンの現物、代用に目をつけて、
長野県まで行って、登り梁を調達して準備していたところで、
面白味なく、つまらないところもあったかもしれない。
不特定多数利用で、燃しろのある木部として見せられるのか、
2階床を支えるには、耐火性が重視されるのなら、
あの綺麗な特一等のような根太で金物とのコストバランスは、金物は、耐火ボードで隠すからなのか、
最終的に根太が現しなのか、基本計画、基本設計が曖昧であるところで、コストは生かされたのか。
木製の1/20模型から、見る者に勘違いを引き起こし、
コスト配分がチグハグで勿体ないことになったのではないかと、すっきりしないところでした。
税務は契約書に備考にでも明確にせず曖昧なまま、本部との認識の差を、
本部担当者経由でCES主宰C.AにはNOと言えない姿勢の、
学園側と、何か問題は裏にされたまま、共通の意識、方針は変わらないが、
全体から詳細を事務方に任さることなく詰めていたらと、
こうして全ての状況を傾向を思い出しながら、
生きている全体像、BIMの必要性が感じられるのですが、
プロセス自体が混沌としないように、
秩序の本質を大切に、心を注がないと、感じるのでした。
↓p.675 on"THE NATURE OF ORDER book three"
↑(この日、愚息が2歳に近くになり、着くや否や自らスタスタと、
誇らしげに?採点するかのように?
自分がこの建物の為に
保育ママさんや、保育園のお世話になったと納得する時でした。)
現在は、デジタルツインの世界の成長に驚いています。。。
Windows3.1発売の頃、1991年か1992年に、
バークレーのクリスの自宅ベースメントのオフィスで、
夕方から4時間近く、「ペイント」を操作するようにと指導されて、
色相が円盤になったと誇らしげに喜び満面で、その感じ、感想を聞かれた時、
開発立ち上げに関わってきた、BIMに名前が付いたんだ。Revitさ。」
私の訳の分からない怪訝そうな顔を見てか、「ウサギじゃないよ。」とクリスは笑ってました。
名古屋市公営住宅の低層住宅計画案において、ユーザーによる各々住戸の、プランを、
出力の時間と規模を睨みながらで、精一杯だったので。
雲を掴むような話に思えました。
現物サンプルや原寸模型は、その場での馴染む形、ヒューマンスケールは、
健やかな居住環境にかかせないと信じていたが、
バーチャルとリアリティが繋がりつつあるとみえます。
実際の空間が、どのように変わるのか見れて、幽霊になったかのように、壁やドアを抜けて、
ポーチから、1階の居室。2階のLDK、小屋裏収納と。スーと下から上にと移動して。
↑K邸長寿命化計画
当方の拙さ故と、学びもまだまだこれからと。
各段階ごとにフェイズ機能を利用できればと。
今は、AIに助けてもらいながらも、これらに馴染む時間やエネルギーが気になりますが。
(見積もり調整時に、根太材が現しか、耐火ボードで見えないのか、
その木肌の差は、値段に、材コストの差で、モルタル外壁保護塗装分は、
CMが用意しているはずと、あるはずと、
学園同窓会親族の出資者側は、
初めてから地元や業界にも通じており、学園関係者以上に、
見積明細も理解していたと感じ入って救われた思いでした。
当時の全行程、工程のExcel明細表で全体像は認識できても、
与条件の変化を反映して
実際の状況とコストが、集計表で直ぐに共通の認識として得られれば・・・と。)
また、出来る結果も、
一頃のスタイロフォームの模型のような家、RevitなどBIMでつくられた空間、建築だなと
街に目立つようになってきていますね。
馴染む形、人にやさしい詳細が失われ、側を歩く際には近くに拠らないようにする
不自然な驚かせる形や、妙に手の込んだオブジェのような
唐突な手摺と、全体から健やかさが失われるのではと、懸念もされて、
作業場で刻まれた仕口や継手のあるような戦前の木造建築が、
貴重にも感じられます。
一方で、用い方によっては、GoogleアースとBIMでつなぐ都市計画道路ならば、
現地に合わせた調整が可能となって、
赤札仁王尊も、病の苦しみを、和らげる願いに直に触れて赤札を草鞋をかける意味、存在感の強さを、
見学鑑賞される博物館に鎮座するように、埋もれて失われないように、
そのまま、地域ぐるみで保全して、休みながらぶらぶら歩ける街として、
実現したかもしれないと、
16、17年前のことを思い出すのでした。
次回も、どうぞ、お楽しみに~~♪
↑West Dean on p.406,
↓p.544 on ”THE NATURE OF ORDER book two"as reference
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