***************************

 よりハッピーな微笑み空間をつくりましょう!
20200505

    ☆ 足元から整え気を強めて命を慈しむ ☆

***************************

 光陰矢の如し、季節は巡り、
気が付くと、前の号から
1年間が過ぎてしまいました。

 大変ご無沙汰しております。

 今年は、例年に比べて、練馬つつじ公園が、より一層、美しく感じられます。
五月晴れの下、薫風と、アヤメやバラなども含めてそれらの開花状況と、
何より適度な入園者数とその健康的な活動の為かと思います。
こうして、免疫力を高めて、
身近に迫るような
COVID-19などの感染リスクに備えます。
樹木希林や黒木華ら出演の「日々是好日」を見返して、
その季節ごとの「音」や、「暑さ」や「寒さ」をも工夫して心して味わい、
生きているとの実感と、ミトコンドリアからの生命の広がり、
此岸と彼岸とのつながりへと、感謝の念を深くします。



 流感の予防接種で命取りになるような母を、
ウイルスから守らなければと気を引き締めても、
お彼岸の墓参で読経をし始めると母の手から数珠の糸が切れて、
小さな翡翠の球が墓前に飛び散り、
ヒヤッと警告か報せかと思いきや、
彼岸の方から「気にするな」と言われているようで、
皆で出来るだけ珠を拾い大笑いとなりました。

 亡き兄を弟子として戒名を授け、亡き父と眠る墓のある
臨済宗大徳寺東京出張所の廣徳寺の、
住職であられた31世 海雲大和尚様が、昨年
11月9日に救急入院されて、
1カ月以上の手厚い治療看護の後に、愛弟子や檀信徒に見舞われて亡くなられました。
高田明浦大徳寺館長が喪主となられて、
1219日に津送され、遷化されました。
その
1か月半前には、「1か月も食欲が無い」と話されていました。
母の検査でお世話になっている練馬光が丘病院で、偶々お会いした時のことです。
帰路の車中でも、それとなく終始、「桜台から光が丘まで歩いたものだ・・・」
「玄関に入るまで送るものだよ・・・」と到らない自分に教えてくれて、
後々、尊く感じる時間となり、最後にお話しした機会でもありました。
前の号に記している「本物を見ること」「本物に触れること」も、
数年前の彼岸会で和尚様が強く話されたことだと思い出されました。




 海雲和尚様は31年以上、住職であられ、
下谷から桜台へと移設
(参考資料・論文「関東大震災後の寺院の経営と再建」p11-14:田中傑氏)
に尽力された前館長,30世 雪底老師の後、
寺内で働く方々と、境内や墓地の整備に長く心と力を注がれ、
腰痛激化を乗り越え宥めつつ、
寄贈された多くの大きな岩石の在るべきところを探り、それらを活かしきり、
桂離宮を作庭しまとめた遠州の教えを継がれる、
檀家総代でもある小堀宗実先生から導かれて、
庭造りを極められました。
時空を超えて、「心深くして更に閑か」と語られているようです。



 



 次男であった亡き父の本家は、芝大門の曹洞宗 青松寺の檀家で、境内も本堂内も
重さと縦軸を強調するような強く圧倒するような緊張感のある空間でした。
 母が、表千家の関係から、臨済宗円満山廣徳寺の信徒となり受戒し、雪底老師様や、
晩年の亡き父の師であった29世 以清和尚様とのご縁から、兄が他界した折に移り、
住まいの近くで、郊外の空気に溶け込んで安らいでいるようで、深くも穏やかな空間です。
より広い全体とエコーしながら、全ての空間が、
塀の入隅も岩石の配置からポジティブ・スペースになっています。

〜☆彡〜☆彡〜☆彡〜☆彡〜〜☆彡〜〜☆彡〜〜☆彡〜

 次に、親しみのある身近のところのご紹介です。

 35年近く前の私の母の手になるものです。
母による陶芸や染色からの本物もありますが、ここでは庭、露地造りです。

  

 住宅地の中でも、草庵のように、舗石やブロックを大切に生かして、
難しいところで「溶け込み」「エコー」による全体性を掴んでいるのです。
敷地内で、骨格は、
パタンランゲージにもあるいくつかのパターンから当方が構成しましたが、
屋外空間の詳細は母の手によるところが大きいです。
 残り物や、贈り物や、破損した物によってでも、
二つの部分(まとまり、全体)をつなげて、
より大きな部分(まとまり、全体)を形成する繰り返しの例です。
非対称でも「のり」の役目をしている、ボナールの色使いのように、
モルタル洗い出しのスロープと、大谷石と、駐車場の舗石ブロックと、
屋内の瓦タイルとをつなげています。


上下とも当方が、贈り物の瓦タイルを生かしましたが、
それらを、かなり気入った母は、張り切ったのでした。


それらは、贈り物のタイルをアプローチで使った後の残りであったり、
サンプルであったり、瓦タイル敷き工事で破損してしまった残りや、
処分された歩道の舗石ブロックであったりします。
その狭く、不定形のところに、
古流松藤会華道教授としての美意識、
花を生けるようにタイルや石やブロックを並べて、
茶人として足を運び挨拶してみて試行錯誤して馴染ませて、
時間を掛けて、固定します。
 そうして、席開きで宗匠をお招き出来て偏額を頂きました。

30
年程前の私は、米国のアレグザンダー教授の下で学ぶことに注力していたのですが、
ようやく最近になり、それらの重い価値を、母の心を、感じ入った次第です。
ウイルス感染の恐れがあり、数珠が切れて、
母の手になる露地が全体をまとめていてくれることに感じ入ったのです。
数年前の断熱改修時に開口部を変えた為、
蹲を10cm弱、奥へ移動したことに母が気が付き、
「動いた、動いたでしょ」と気にして、足を運び、平らな石に桶を置き、
挨拶をする空間を大事にするのでした。




青空駐車スペースは、やはり、母の手になる大谷石と舗石ブロックで、
根気よくシャベルを手にした人力のみですから、適度に水勾配が取れて、
奥の大谷石で少し上がることから、
狭くとも、奥の土留めにぶつけることなく、
タイヤから、ペダルを踏む足の感触の変化から普通車を入れられるのです。
40年程前にアレグザンダー教授が、
入間の茶畑から東野高校の敷地とする土木工事で、
「平らにせず、自然に凸凹にするように」と、
ショベルカーを動かす施工者を困らせながらも
導いたと話されたことが思い出されました。

 昨年の初夏から、愚息と犬を飼い始めましたが、
その出入りだけでも獣毛が土に付くことに気が付いて、慌てて掃き清め、
改めて、母の茶道や華道等に培わられ、
磨かれた本物志向に頭が下がるのでした。
そして何でも活用した昭和一桁生まれの最後です。


 昨年、「直ぐにでも、この庭のような地面、土間、庭にしたい」と、
松明菊が溢れるように咲いている庭の木々や草花を愛する
母親思いの方からの、ご要望があり、嬉しく、今回、ご紹介させて頂いた次第です。

 一方で、同じ人、母によっても、施工者を通し綺麗に整備されても、
「元々の建物の基礎を、(自分の履歴として?)躓かない程度に残しておきたい」と、
あまりに私的で情緒的な???ことから周囲に理解されるどころか、
全く本意ではなく、
実際の境界と元の布基礎との間が、
路地・通路になってくる現象の始まりを
引き起こしたのでした。地割よく承継地とする必要も無く、
幸い完全ではなくとも法治国家であり、戦後ではない近隣の良識と、
ギリギリのタイミングで、土地境界確認手続きから免れましたが。


〜☆彡〜☆彡〜☆彡〜☆彡〜〜☆彡〜〜☆彡〜〜☆彡〜

 こうして順法精神を大切にして、
自発的に、使う人と主の手により、
私道の自主(区民)管理も進むことに期待しておりますが、
家の前を掃き掃除をする範囲で、
路地の敷石や飛び石が、門などを隔てて、
個々の庭とつながるように出来れば、よりハッピーな微笑み空間になります。
区から「整備費は出せます」と言われても、
アスファルト舗装が門まで続くことを望まない住民は少なくないと、
方々で実感しております。
雑草や植木鉢で覆われる路地でも「このままでいいと思うんだよ」と。
あのL型側石に税金が使われるよりも、今の砂利のままでも良いと・・・。


昨年の実例です。
 耐震補強工事で解体を余儀なくされる
外壁の玄昌石タイルが他の用途でも活用されるようにと、
母が手にしたように、舗石として生かされて使われるのではと願いつつ、
数か月、積まれて保存していても、そのまま主の判断で処分となりました。
 心が入るのには、あくまでも自発性が大切で、
境界線から私物を出さないにしても、皆の砂利なら良いのか、
寄付するリサイクルの玄昌石板ではダメなのか。
砂利だけでなく、門前で、砂利の間に玄昌石板が敷かれ、
多少、欠けていても本物ですから砂利とも溶け込み、
ポーチにつながると、行き止まりの路地の感じが明るく、
「ポジティブ・スペース」となり生きて来るのですが。

 それが、舗装ブロックでも、敷石でも、
各家からアメーバーのようにつながれば、
消防車は入れるが、宅配便車は、アスファルト舗装のところまでと。
集中豪雨時に一気に公共下水に流れ込み溢れるルートに加わらず、
浸透桝や自然浸透と、共同防災の目的からも井戸水の復活を狙い、
わざわざお金をかけてボラードや、
故意に波打つ地面を無機的に造らずとも、
交通安全レベルのサインになり、子供が遊べて、
皆がお喋りしながら、ポジティブな私道に向く庭のベンチで、ティータイムや、
縁台で涼むことが出来て、不審者も入りにくい「微笑み空間」になるでしょう。

 

 


 地元の丸平建設さんが、意図・設計の通りに、状況変化にも応じて、
確りと耐震補強工事をし、予算に合わせて出来る限り美しく納まるようにと、
工夫を凝らされて落ち着きました。
 危険なブロック塀は、
境界線はわかるようにして上部を撤去することに快諾された、
きっぱりと綺麗好きな住まい手の心に応じてのことでもありました。
「玄関の新しい戸を引いて通るたびに喜びが沸く、嬉しい・・・」と
話してくれた住まい手の、感じの良い影響力と重なって、
工事中も様子を見に来られた、近隣の方々への波及効果を期待して、
路地の今後の展開を密かに期待するところです。
(^^♪

 これは、「道路法」が数年前に変わり、
国だけではなく、
地方自治体も道路構造を決定できる権限を持ったことに願いが及ぶところですが、
防災の観点からトップダウンで決められるだけではなく、
消防車の通れる道路空間は法的に守り、各境界線を尊重しつつ、
コミュニティ形成と一体となる路地のあり方を考えて、
その実現は、皆の手によるものではないでしょうか。

 やはり
40年近く前に世田谷区の「甍みち」(象設計集団)の実現への苦労、
役所だけではなく警察署へも数か月に及んで交渉して実現したということを聞いて、
凄いな〜と、記憶しております。
 それが住宅地で、多くの税金を使うことなく草の根的に波及することを期待して、
水道局やガス管などのデーター化とセキュリティ付の公開が進み、
防犯砂利を活かしつつ、
動かせる舗石やブロックやタイルであれば、
私道に用いることが出来るという実例が望まれると考えます。
そして、浸透桝や路地奥に共同井戸を復活させることも願いつつ・・・。

そして職住離れることなく暮らせる環境へと、
どこでも微笑み空間になりますように〜☆彡

 この休み中に嵌ったNEYFLIX「ラスト・キングダム」で、
アルフレッド(大)王のサセックス王国が、
デーン族、グスタフらバイキングに急襲されて逃げて滅びつつあった時、
沼地で乳児であったエドワード王子が流行り病で危うく、命の峠であるという晩に、
月の満ち欠けに関係していると想像しますが、
クレイに大きく渦を描き堀り、気功師のようなデーンの王妃が癒して、
朝には元気になっているというシーンがありました。
クレイでデトックスして、土から癒されるということを、
宇宙からのサイクル、新陳代謝のリズムに合わせて、
自然の一部であるということ、他の生物と共生することの意味を考えさせられました。
カミュの「ペスト」は、どうしてもネズミが悍ましく多く出てくるところで、
40年前と同様に途切れてしまうのですが・・・。
脱線しすぎました
(._.)かなり遠廻りでしたが、土に触れて免疫力を高めましょう〜♪

〜☆彡〜☆彡〜☆彡〜☆彡〜〜☆彡〜〜☆彡〜〜☆彡〜

 さて、こうして、願いつつ思いを込めた、過去の事例がどうなっているかです。

 まず、南蔵院近くで、6年前に、耐震改修工事に伴い、
勝手口のある北壁が向くブロック塀を生垣にした路地です。

 2年前に伺ったところ、どこか懐かしくのどかな感じでした。

 地域の宗像工務店さんが測量に協力してくれて、
都との境界が確定して実現できたところです。
街区の内路地ですが、
全ての家が反対側、少なくとも一辺は別に道路に面しています。
この奥には、スズランの辺りに薫るほどの群生があり、
それを守るために公にしたくないところです。


一方で、通学路でもあり、患者さんが家と医院と往復する道路に面する、
大きなヒビが入った万年塀の補強その後です。



 建物が長年、地震の揺れからモルタル防水が劣化し、
上のベランダの雨水排水が滝のような流れとなり、
その影響で駐車場の天井、鉄骨デッキの錆劣化が心配な、中二階のある家です。
炭素繊維入りFRP格子などで塀全面を補強した塀ですが、
半年前に伺う機会があり、
格子の間隔に合うミニ・ローズが、
期待通りに、茂り、赤い実を結んでいました。ハッピー!


意図と設計の通りに施工してくれた地元の石野建設さんの、
真っすぐな熱意の塊のような担当者たちの手と、
育てることが上手な愛情深い住まい手に拠るところです。


 久々で大変長くなりましたが、ここまで読んで頂きまして、
どうも有難うございました。

遠出が出来ないこの休みのお陰でメルマガが蘇りました。ハッピー♪〜

どうぞ、お元気で、次回をお楽しみに〜♪

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

このメールマガジンは、『まぐまぐ』を利用して発行しています。

登録・解除は "http://www.mag2.com/m/0000090643.htm"からできます。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−